ドラマ「天狗の台所」に影響うける。”丁寧に生きるということ”
こんにちは鷲尾穂高です。
目次
ドラマの中のふとした一言
ドラマ「天狗の台所」は、再放送やTVerを含めるともう何回見ただろう。
見るたびに、たくさんのことを教えてもらっている気がして、それがとても心地いい。
先日の放映で兄の「基」がこんなことを言っていた。
「季節ごとに必要な作業をしていたら、15年が経っていただけだ」
その一言に私は心を打たれてしまった。
目の前のやるべきことに向き合い、それを一つひとつ丁寧に重ねて生きる。
なんて真摯で美しい生き方なんだろう。
その言葉に改めて自分の生き方を考えるきっかけになった。
数年前に美容室を閉店して、画家の道にどんどん進んで行けるとワクワクしなたらスタートした。
年齢はその時63歳。
今の時代の63歳なら、まだまだこの先時間はある。
妻も応援してくれているし、これから先の人生は薔薇色の時間が待っている。
作品制作日にも好きなだけ時間がかけられる。
そんなふうに思いながら毎日過ごしていました。
けれどあのドラマの言葉。
「季節ごとに必要な作業をしていたら、15年が経っていただけだ」
ふと私はそんな生き方が出来ていただろうか。
なんとなく好きな絵を描き、描き上がったらギャラリーに送り、そして売れた時に喜び、売れない時期が続くと不機嫌になる。
気が向けば明るい時間から酒を飲み、
「エネルギーを蓄える」と言い訳しながら一日中ゴロゴロして過ごしたり。
寒くなれば暖房の前で半日うとうとしていたりと。
思い起こせば、ずいぶん雑な生き方をしている。
だからこそ、ドラマの中の言葉が、私の胸を突き刺したのだろう。
「丁寧に生きる」
今回の出来事をきっかけに、「丁寧に生きる」ということを真剣に考えてみた。
それは
日々の何気ない行動に心を込めて、自分にとっての心地よさや本質を大切にしながら、「今、この瞬間」に意識を向けて生きる。
そんな生き方が出来たなら、描いた絵が売れなくてもふてくされることなく、それも大切な自分の仕事のうちとして受け止められる。
売れる売れないより、大切な作品を描き上げた自分を素直に褒めてあげることができるかもしれない。
そうすれば次からも真摯な気持ちで真白いキャンバスに向かえる気がする。
そこで丁寧な生き方の要素を考えてみた。
丁寧な生き方の要素
「今、ここ」を大切にする
食事中にテレビやスマホを見ながら、ダラダラと食べずに、味や香りをきちんと感じること。
身の回りのものを整える
「安ければいい」「ブランドだからいい」ではなく、本当に気に入ったものを、きちんと手入れをしながら長く使う。
住空間を清潔に保ち、心地よい状態に整える。
言葉遣いや所作を意識する
他人に対しても、自分に対しても、乱暴な言葉は使わず穏やかな言葉を選ぶ。
自分の心身をいたわる
疲れやストレスに気づき、無理をさせない。
健康な食事と、十分な睡眠を大切にする。
「足るを知る」ということ
「もっと欲しい」という執着を手放し、すでに持っているものや、当たり前にある幸せに目を向ける。
そんなふうに生きられたら、きっと素敵だと思った。
一度に全て行うことは無理でも、この人生はよかったなと、最後に思えるように、これからは少しづつ丁寧に生きていきたい。
