生き方 画家として

心の中にあった風景を描く 〜孤独がくれた、創作の自由〜

自分の道を信じて。それはどんな道?

画家になりたい──そんな漠然とした憧れを胸に、「絵を描くのが好き」という想いだけで踏み込んだこの世界。でも、それだけでは到底続けていけない現実がありました。

今日は、ようやく見えてきた“自分だけの世界”について、お話しさせてください。

皆さんは今、ご自分の歩んでいる道を、「自分の意志で選んだ」と胸を張って言えますか?

私も、「画家として歩む」と決めたとき、何を目指しているのか自分に問いかけました。

──画家として一流になりたい
──作品の価値を高めたい
──いい車が欲しい
──誰かに羨ましがられたい

そんな“目標”が次々と浮かびました。でもその多くは、画家でなくてもいいのでは?と思うようなものばかり。

そこで、目標ではなく、「目的」を考えてみたのです。

私が絵を描く目的とは?

白いキャンバスの前に座って、自分に問い直しました。

「なぜ、私は絵を描きたいのか?」

その答えは、思いのほかシンプルでした。

格好よくいうと、私の作品が誰かの支えになってくれれば

それが”目的”でした。

たどり着いた「幸せの時間」

美術館で素晴らしい作品を見るのも好きです。でも、私がいちばん幸せを感じるのは、自分の描いた絵を静かに見つめているとき。

その時、日々の悩みや不満が、少しずつ和らいでいくように感じるのです。

こんな心の静けさや満たされる時間を、他の誰かにも感じてもらえたら──
そう思った瞬間、自分の描く意味がはっきりと見えてきました。

絵を描く幸せは、目標よりも深い

不思議なことに、欲に導かれた目標を描いていると、心がワクワクしないのです。
筆を握っていても、どこか満たされない。

それよりも、「人を幸せにしたい」「自分も幸せでありたい」
その想いで描くとき、私は本当に自由で、嬉しい。

世界観が見えてきたのは、孤独の中だった

妻が仕事に出かけた後、一人でアトリエにこもる毎日。
その時間は、とても孤独でした。

でも、絵を描くことが何より好きであることは変わりません。

クロッキー帳に何度も何度も、いろんな世界を描きました。
腱鞘炎になり手が痛んでも、それでも描きたかった。

何枚ものスケッチからパーツを組み合わせ、やっとたどり着いたのがこの一枚です。

キャンバスの中と心の中では自由な世界を思い通りに。

果てしない自由の道、やさしく包み込む風景、希望の光に満ちた色彩。

そんな幻想的な世界観が、誰かの心を癒し、そっと寄り添えたら──

そう信じて、私は今日も筆を握っています。

次回予告

この作品には、実は「対」となるもう一枚の絵があります。
赤く染まった空と向かい合うように、青く澄んだ希望の空を描いた絵です。
構図は同じ。でも、感じる心はまったく違う。
その絵は完成して間もなく、大切な友人の手元へと旅立っていきました。
次回は、その「青の絵」に込めた想いと、友人との心のやりとりについて綴らせてください。

制作の思いや日々の記録は、noteでも綴っています。

よろしければご覧になってください。

わしおほだかのnote

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