幻想画家の、わしおほだかです。
最近の私の絵には、ほとんどすべてに「月」が描かれています。
夜の景色はもちろん、昼間の空にも、ひっそりと浮かぶ月の姿を忍ばせています。
どうしてこんなにも月を描くようになったのか。
それは、月が「そこに在ってくれること」が、私にとってとても大きな意味を持っているからかもしれません。
目次
写真のリアルから、幻想の世界へ
かつて私は、一眼レフカメラで風景を撮ることに夢中になっていた時期がありました。
夜明け前の暗闇の中で息をひそめ、光を待ちながらシャッターを切る。
空気までも写し取るような一枚を目指し、レンズを替え、アングルを変え、夢中で撮っていました。
その写真をもとに、鉛筆で写実的な絵を描いていたこともあります。
まるで写真のように見える絵が完成すると、それが嬉しくて、当時経営していた美容室に飾っていました。
「これ、写真じゃないんですか?」と驚くお客様の顔を見るのが、何よりの喜びでした。
でも、あるときふと思ったのです。
「これが写真と同じなら、絵にする意味はあるのだろうか?」
そう思ってからは、写真のような絵を描くことに、どこか虚しさを感じるようになりました。
やがてカメラを手放し、私は筆で「心に浮かぶ景色」を描くようになっていきました。
そこには、いつも月がありました。
月が照らす、幼い日の記憶
子どもの頃、私はよく一人で夜を過ごしていました。
共働きだった両親に代わり、幼い私は叔母の家に預けられていたのですが、どうしても都合がつかない日には、自宅で一人、両親の帰りを待つこともありました。
まだ幼かった私は、時間が経つたびに不安になり、何度も玄関を開けては庭に出て、誰もいない空を見上げていました。
月のない夜は、とても暗くて怖かった。
亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんは星になったんだよ――
そんな言葉を聞いたせいか、逆に星が怖くて、目をそらしていたことを覚えています。
でも、月が空にある夜だけは、少しだけ安心できました。
「誰もいないけれど、あの月が見ていてくれる」
そんなふうに感じることができたのです。
きっとあのときの感覚が、いまの私の絵の中に自然と染み込んでいるのだと思います。
そんな風に、私は絵の中に、いつも月を描いてしまいます。
月のある風景──それは、かつて幼かった私が心細さのなかで空を見上げていたとき、
たった一つだけ、そこにいてくれた存在。
今回の作品にも、そんな気配を宿しています。
