アート制作の備忘録 日々の出来事 軽井沢

あの日、石垣の向こうのファンタージエンへ

――『はてしない物語』が呼び覚ました、ひと夏の記憶

ファンタージエンと軽井沢の記憶

『はてしない物語』を読み進めるうちに、少年バスチアンが足を踏み入れる“ファンタージエン”の世界が、自分の記憶と重なり始めました。
次々と現れる不思議な生き物たち。
その風景が、私の心の奥に眠っていた、ある夏の日の出来事を呼び覚ましたのです。

蝶を追いかけて向かった水源地

それは、ちょうど10歳くらいの頃。
軽井沢の旧軽井沢を東へ進み、二手橋を左に曲がって川沿いを歩くと、水源地と呼ばれる場所があります。
そこには無数の蝶が飛んでいて、私はよく一人で蝶を見に行っていました。
青や黄、透けるような羽を持つ蝶たち。その美しさに、ただ目を奪われていたのを覚えています。

石垣の向こうの別世界

その道の途中に、大きな石垣に囲まれた別荘がありました。
大人の背丈よりも高い石垣の中がどうなっているのか、私には想像もつきませんでした。
ある日、その別荘の前を通りかかると、中から西洋人の男性が顔を出し、にこやかに言いました。
「面白いものがあるよ、見てごらん」
私は驚き、少し怖さも感じながらも、胸を高鳴らせて石垣の中へと足を踏み入れました。

小さな動物園と宝石のようなお菓子

そこには、まるで物語の中の世界のような光景が広がっていました。
初めて見る孔雀、鹿、小さな猿たち。名前すら知らない動物たちが、穏やかに過ごしていました。
私は言葉を失い、ただただ驚きと好奇心に満たされました。
男性は、別荘の中から珍しいお菓子も持ってきてくれました。
それは口に入れると、ふわりと溶けるような甘さで、これまで食べたことのないおいしさに、子どもだった私は胸を打たれました。

秘密の場所

秘密のまま心にしまった夏の日

その日、伯母の家に戻っても、誰にも話しませんでした。
「知らない人について行ってはいけない」
「知らない人から物をもらってはいけない」
そういつも言われていたことを思い出したからです。
だから私は、その日の出来事を、心の奥にそっとしまい込みました。

友達がくれた“鍵”のような一言

夏休みが終わり、学校が始まってしばらくしてから、私は仲の良い友達にその不思議な体験をぽつりと打ち明けました。
するとその友達は「あそこね、カナダから避暑に来てる貿易商の人の別荘だよ」と教えてくれたのです。
ああ、やっぱり現実だったのか――
その時の小さな安心と不思議な感覚を、今でもよく覚えています。

そして再び、石垣の向こうへ

けれど、大人になるにつれて、あの出来事は少しずつ曖昧になっていきました。
記憶というものは、時に幻想と入り混じるものだからです。
ある日、妻の父と話していたとき、ふと「軽井沢の二手橋の先に、昔、義父の会社の山荘があった」という話になりました。
その山荘は、かつて貿易商が所有していたものだったそうです。
私は思わずはっとしました。
あの別荘、あの石垣、あの動物たち、あのお菓子――
やっぱり、すべて本当にあった出来事だったのだと。

本の中の旅と、自分の中の世界

『はてしない物語』を読んだおかげで、私はまた、自分の心の奥にある“はてしない世界”と再会することができました。
それは、少年の頃の私が迷い込んだ“石垣の向こうのファンタージエン”。
現実と空想のあわいで出会った、たった一度きりの、忘れがたい夏の記憶です。
少年の頃の記憶が、時を経て静かに姿を現し始めています。
あの夏の日の出来事のように、私の中に眠る風景や感情を、これからも少しずつ手繰り寄せながら、幻想絵画として描いてゆけたらと思います。

次回予告

ページをめくるたびに、自分の中の扉がひとつ、またひとつと開いていきます。
早く、もう一冊の大切な本――『たんぽぽのお酒』についてのお話ができたらと思っていますが、手繰り寄せた記憶を追いかけていると、なかなか本を読み進めることに時間がかかってしまいます。でも少しずつ、ゆっくりですが、自分の記憶と物語の旅を続けていけたらと思います。

よろしければ、またお読みいただけたら嬉しいです。

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