画家として

幻想の森に、ひとりの少年を立たせたくなった理由

 

こんにちは。

幻想風景画家のわしおほだかです。

バスチアンと私の視線が重なった

『はてしない物語』を読み進めるうちに、私はますます「自分の世界観を描く」という行為に、深い喜びを感じるようになりました。
ある日、いつものようにキャンバスに向かい、筆を走らせていると、ふと気づいたのです。
私はまるで、あの物語のバスチアン少年になったような気持ちで、作品の中の風景を眺めている、と。
つまり、私が今描いている幻想世界は、バスチアンと重なった私の視点で見えている風景だったのです。

後ろが見えない世界

でも、そのときふと思いました。
これは、「自分の視線の届く場所」しか描いていないのではないか、と。
自分の後ろ、自分の知らない場所は見えていない。
それでは物語にならず、ただの風景画で終わってしまうのではないか。
そんなふうに思ったとき、「世界全体を俯瞰して描く」という視点が浮かびました。
そして、あるひとつのアイデアが生まれました。
絵の中に、人物を登場させてみよう。

人を描かなくなった理由

もともと私は人物を描くのが好きでした。
しかし、幻想風景を描くようになってから、人物を入れると「現実感」が出すぎてしまい、幻想の雰囲気が壊れてしまうように感じて、あえて描かなくなっていました。
しかも以前描いていた人物画は、自画像や、頼まれて写真から描いたものばかりで、どれもこちら(鑑賞者)をまっすぐ見ているものが多かったのです。
そうした視線の強い人物が、幻想の世界にはそぐわないと感じていたのかもしれません。
今振り返れば、「あえて人の気配のない作品を描こう」としていたのだと思います。

背中を追う私が見つけたもの

ですが『はてしない物語』を読み、バスチアンの背中を追っているもう一人の自分に気づいたとき、
物語の中に人が存在することで、世界観がさらに深まるのではないか」と感じたのです。
幻想の中に、そっと佇む少年。
静かに風景に溶け込む姿。
それはきっと、新しい『わしおほだかの世界』を切り拓く第一歩になると信じています。

新しい世界を築くために

何年も人物を描いていなかったので、これからまた人物画を練習し、どのように幻想世界に溶け込ませるか、探っていこうと思います。
それはきっと、大変な作業かもしれません。
でも今は、それがとても楽しみなのです。
これからも、進化していく『わしおほだかの世界』を綴ってまいります。
よろしければ、またお付き合いください。

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